大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和47年(む)407号 決定

主文

千葉地方裁判所が昭和四六年一〇月二七日被請求人に対してなした刑の執行猶予の言渡(懲役一年、三年間執行猶予)を取消す。

理由

第一、検察官の申立の趣旨および理由

千葉地方検察庁検察官は、「被請求人は、昭和四六年一〇月二七日、千葉地方裁判所において、公印偽造罪により懲役一年、三年間刑の執行猶予の言渡を受け、右判決は、昭和四七年一〇月二一日確定したが、右判決確定時において、被請求人が昭和四六年七月一九日、東京高等裁判所において業務上過失傷害、道路交通法違反の罪で禁錮四月の刑に処せられた(同年一一月二一日確定)ことが発覚したので、執行猶予の言渡の取消を請求する」旨申立てた。

第二、当裁判所の判断

(一)  刑法二六条三号は、執行猶予の言渡前に他の罪で禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき刑の執行猶予の言渡を取消すべき旨規定しているが、それは検察官が上訴の方法により違法に言渡された判決を是正するみちがとざされた場合に、その執行猶予の言渡の取消をすることができる趣旨(最高裁判所昭和四一年一月二八日第三小法廷決定、刑集二〇巻一号一頁)である。右趣旨にかんがみ、同条号によつて取消される執行猶予の言渡は、必ずしも禁錮以上の実刑が猶予の判決確定後に発覚した場合にのみ限定すべきではなく、検察官が上訴により違法な判決を是正する途がなかつた場合であれば、執行猶予の判決言渡後確定前に発覚した場合であつても取消し得ると解するのを相当とする。

(二)  そこで本件につきこれをみるに、本件記録、被請求人に関わる業務上過失傷害および道路交通法違反被告事件記録、公印偽造被告事件記録によるつぎの事実が認められる。

被請求人は業務上過失傷害、道路交通法違反の罪(甲事件という)について、昭和四六年七月一九日東京高等裁判所において禁錮四月の判決を受け、右判決は同年一一月一〇日上告棄却により同年同月二一日確定した。他方被請求人は、公印偽造罪(乙事件という)について、同年一〇月二七日千葉地方裁判所において、懲役一年、三年間執行猶予の言渡を受けたが、右判決について検察官からの控訴はなく(控訴提起の期限は甲事件上告棄却決定の日)、被請求人の上訴に対し、昭和四七年五月二三日控訴棄却、同年一〇月一六日上告棄却となつて、同年同月二一日確定した。

これによると執行猶予の言渡は第一審判決当時は適法であつたが、甲事件の禁錮刑が確定したことにより、違法となつた。そして昭和四七年二月九日千葉地方検察庁検察官が右禁錮刑の執行指揮をしていることからみて、おそくともその頃同庁検察官および乙事件を担当した東京高等検察庁検察官は甲事件の禁錮刑の確定、したがつて乙事件の執行猶予の言渡が違法であることを覚知していたと認められる。しかし、甲事件の判決は乙事件の控訴提起期間経過後に確定したものであるから、検察官において控訴によりその違法を是正することはできなかつた。また、不利益変更禁止(刑訴法四一四条、四〇二条)の関係から上告できない場合であり、本件では検察官は控訴していないのであるから、上告の方法による是正も計り得なかつたものである。

(三)  してみると、本件は検察官において上訴の方法によつては違法な執行猶予の言渡を是正できない場合で、刑法二六条三号により、その取消をすべきものである。なお最高裁判所昭和三三年二月一〇日大法廷決定(刑集一二巻二号一三五頁)、および前記第三小法廷決定はいずれも違法な執行猶予の言渡を上訴により是正する途のあつたもので、本件とは事案が異る。

よつて刑法二六条三号により主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例